絵を学んでいる人は、「絵の具の黒は捨てろ」や「絵の具の黒は使うな」と聞いたことがありませんか?
それは、黒を使わなくても、他の色から黒を作り出したり、黒いものや影を表現することができるからです。
私も予備校に通い出したしょっぱなに「絵の具の黒は捨てろ」と言われて、それから25年間は全く使わずに絵を描いてきました。
今は少し使っています。
ここでも私はしくじりをおかすのですが、その前に何故「黒は捨てろ」言われるのか詳しくお話しします。
無彩色と有彩色の黒
絵の具の黒と白は、色味のない色で『無彩色』と言います。
対して、赤、青など色味のある色は『有彩色』と言います。
無彩色の黒、グレーは色味がない、言い換えれば、味気ない黒、グレーと言えます。
では絵の具の黒を使わず、どうやって黒、グレーを表現すればよいのか、
その一つは、補色の混色を使います。
補色とは色相環の真逆にある色同士のことを言います。
補色同士は配色するとお互いの色味を引き立て合いますが、
混色するとお互いの色味を打ち消し合い、彩度を失っていき、黒やグレーになります。
これが補色の黒やグレーです。
補色の混色でできた黒、グレーは有彩色から作られているので、絵の具の黒「無彩色の黒」に対して「有彩色の黒、グレー」と言っていいと思います。
無彩色の黒、グレーでは、味付けなく、そっけない色になってしまいますが、
有彩色の黒、グレーでは、その中に色味を含んだ、さまざまに表情を変える黒になります。
絵の具の黒では、無機質でとってつけたような表現になってしまいますが、
補色の黒、グレーではナチュラルに自然界に溶け込み、現実感のある表現になり、深みも味わいもある表現になります。
また絵の具の黒からグレーを作るときは白を使うので、不透明で白ぐすみもしていきますが、補色のグレーは白を使わなくてもできるので、透明感ある白ぐすみしないグレーができます。
右=絵の具の黒を使って描いた玉子
左=補色の黒(グレー)を使って描いた玉子
ものや影の黒、グレー
もう一つの黒、グレーの考え方ですが、
黒い物や暗い影を表現するのに、有彩色の黒、無彩色の黒に関わらず、黒を使わなくても表現できます。
黒い服であったり、黒い車であっても、現実世界にあるものは無彩色の黒はありません。
それは、そのもの自体は無彩色の黒であっても、それの見え方には光源が関係するからです。
太陽の光は時間によって色を変えますし、白熱電球や、蛍光灯かによっても光の色は変わります。
それによって浮かび上がる黒は、何かしらの色味に影響を受けています。
周りの環境の色にも左右されます。
黒い物の置かれた場所の床が赤ければ、赤の反射光を受けて赤みを帯びた黒になります。
そうすると無彩色の黒は自然界ではあり得ないことになります。
そして光源によって影の色味も変わります。
黄色い光に照らされた物の影には、黄色の補色である青紫がかった色味が含まれます。
印象派の画家は、このような原理を利用して黒という色自体を使わず黒いものや影を表現しました。
クロード・モネ 「散歩 日傘をさす女性」
白いドレスの陰をグレーでなく水色で表現し、
草の上に落ちた影も黒を使わずに寒色系で表現した明るい色彩の作品。
名画で見るグレー
名画には有彩色のグレーを巧みに使ったものがあります。
マリー・ローランサン 「二人の女」
グレーの中に多彩な色彩を感じる。
グレーの中でも浮いてしまわないように調整された赤、緑、黄色、青が補色対比になっていて、淋しくなりがちなグレーの調子を華やかにしている。
ジョルジョ・モランディ 「静物」
質感表現を排除して、グレーの色味で描き分けている。
アンドリュー・ワイエス 「溢れる」
多彩なグレーでで人物の肌、白い布に落ちる月明かりを見事に表現している。
拗らせ画家初香の場合
私は美術予備校で絵を学び出したしょっぱなに「黒い絵の具は捨てろ」と言われて、
それ以降25年間は絵の具の黒は使わず絵を描いてきました。
予備校の先生は私に『黒い絵の具を使わずとも黒い色は作れる』ということと、それ以上に『黒い色を使わなくても絵が描けること』
もっと言えば『黒い物の中にもある複雑な色、暗いだけではない影の色、それを見ることができて表現できる、繊細な色彩感覚をつけなさい』ということを教えようとしていたのだと思います。
それにきっと気づいてはいたと記憶していますが、色彩感覚が弱かった私は、色について試行錯誤するではなく、
安直にどの補色の混色が1番黒くなるか探して、それを絵の具の黒の代わりにして描いていました。
何か私の絵がスッキリしない、なんとも濁った感じの絵になってしまって、綺麗な色の絵にならない。
安直な補色の黒、とそれに白を混ぜたグレーが原因だと気づかずに、長く悩み続けていました。
本来補色の黒、グレーは悪いものではないはずなのに、なぜ私の絵は色が悪かったのか、
色彩理論から私が導き出した見解です。
私の見解
⚫︎同じ補色を画面全体に使った
初香
15年ほど前の作品
どの補色の組み合わせるかによってさまざまな黒、グレーを作れ、自然界に沿った配色ができるはずのところ、一つの組み合わせばかり使って、明るいところも、暗いところも同じ色味になっていて、自然に沿ってなく、濁りで染まったようになってしまった。
⚫︎補色の黒、グレーに他の色が混ざって濁りが酷くなった。
補色の混色はそもそも濁るものである上に、そこに白を混ぜて白くすみが増えたグレー、そこにまた別の色が混ざれば濁りは酷くなる。
パレットの上か、画面の上かで混ざってしまっていた。
⚫︎グリザイユのような使い方をした。
グリザイユというのは油絵の技法の一つで、モノクロで描いた上に薄く溶いた透明な色を重ねて描くものです。
ヤン・ファン・エイク 「アルノルフィーニ夫妻像」
モノクロで描画した上に鮮やかな色を重ねた。
混色による白ぐすみや濁りがなく、鮮やかな色彩
グリザイユの代表作
グリザイユは混色して色を作っていくのでは無く、色を重ねて色を作っていくので色の鮮やかさが保たれるのですが、
私の場合、補色で作ったモノクロは元々濁りがあるのでより濁った印象になった。
初香
15年ほど前の作品
補色グレーで描写した(人物以外)うえに赤褐色をグレースした作品。
グレーが美しくない上に
全て同じ補色グレー、全面ほぼ同じ赤褐色のグレース、あまり変化のない白で、単調になってしまっている。
⚫︎元の色が影響していた。
私が常に使っていたのが、インジコとローアンバーを混ぜて作った黒、グレーでした。
ローアンバーは土から作られている赤みの少ない焦茶です。
その焦茶の色味が暗に泥の印象を与え汚いイメージになってしまった。ドブ色?
⚫︎他の色との相性
くすんだ色の隣に鮮やかな色が有ればくすんだ色はよりくすんで見えます。
私の絵の場合は全ての色が濁っていたのが原因だと思いますが。。。
解決策
まずは上に挙げたことをしないことと。
⚫︎グレーをカラーで考える。
アンドリュー・ワイエス
部分
画面全体をグレーの調子で描かれているさくひんだが、そのグレーには明るいところは黄色がかり、暗いところは青みがかるという色彩理論で描かれている。
上で出したグレーから感じる色味をわかりやすく彩度を上げてみた。
カラーを扱う意識でグレーを扱う感覚が分かりましたか?
⚫︎黒、グレーを使わず表現する。
印象派の画家は黒を使わずに、影や黒い物の表現に寒色系を使い、混色も避けた。
クロード・モネ 「積み藁」
夕焼けに照らされた藁山の影を黒を使わず表現し、明るい画面になっている。
⚫︎絵の具の黒も場合によっては使ってみる
絵の具の黒はとても扱いづらい色です。
基本的には使わないくて良いと思いますが、多様な表現のある中、必要に応じて使っても良いと思います。
ただ、絵の具の黒にも種類があり、桃の種を炭にした黒や、動物の骨を炭にした黒など、色の材料になるものが使い、黒の調子も違うので、理論上の無彩色というわけでもありません。
混色した場合も理論通りにいくとも限りませんので実際に使ってみて経験で覚えるしかありません。
初香
最近の作品
赤系のグレーと青系のグレーが混ざって濁る事を想定して、赤系のグレー、青系のグレーを作る時に絵の具の黒を使った。
上に挙げた15年前の2作より綺麗なグレーになっていませんか?
黒を使った名画
ヨーロッパの美術の中で避けられてきた黒ですが、たくみにに黒を扱い輝くような美しい黒を描いた画家もいます。
エドワール・マネ 「ベルト・モリゾの肖像」
近代絵画の父
とても歯切れのよい黒
平面的にも見える黒は浮世絵の影響と言われている。
オーギュスト・ルノワール 「桟敷席」
印象派の画家でありながら、印象派では使われなかった黒を「黒は全ての色の女王」と言い積極的に使った。
まとめ
補色で作ったグレーは味わいや深みのあるグレーになります。
選ぶ補色によって色味が違うので、いろいろ試して作ってみてください。結構面白いですよ!
是非黒を使わずに描いて下さい。
きっと作品がグレードアップすると思います。
コメントを残す